カーテンロッドの物語

Umbraのデザインアイディアの多くは、個人的な不満や欲しいと思ったものがないという欲求から生まれています。

80年代後半、当時住んでいたアパートの窓にシェードか何か欲しいと思った私は、近所のDIYショップを訪れました。当時既にUmbraではオリジナルのウィンドウシェードを製造していなかったからです。しかし店頭に並んでいたのは、どこにでもあるような白い突っ張り棒やどうにも魅力に欠けるカーテンやベネシャンブラインドといった、ごくありきたりのものばかりでした。カスタムメイドのウィンドウ専門店にも聞いてみたところ、先端に飾りのついたよくあるタイプの伸縮棒が200ドル、それも3週間待ちと言われました。 そこで私達は、これなら自分達でも作れるし、値段も何分の一かで手軽に買える商品が私達が取引している小売店に提案できると思いつきました。

私は当時既にTrans-Canada Hardware社を興しており、金属部品のカット、メッキ加工、ダイカスト等ができる設備がありました。

つまりサイズ違いのスチール管を仕入れて、カット・メッキしたものを入れ子にして組めば伸縮棒が作れる訳です。先端の飾りには真鍮玉や門扉の先端の飾りをブラケットで取り付ければ良いでしょう。最大の課題は、伸縮棒を保護すると同時に店頭で見栄えのするパッケージをデザインすることでした。そこさえクリアできれば小売店に見てもらうことができます。

とはいえ棒だけでは物足りません。やはりカーテンも必要です。最初に仕入れてデザインしたのはシンプルな白のコットンパネルで、中身が見える透明な袋にパッケージして販売しました。

販売は困難を極めました。多くの小売店に断られた後、私はサンフランシスコのPottery Barnにこの商品を提案してみました。当時の社長は興味を持ったものの、過去にウィンドウ関連商品を扱ったことがなく、店頭でのディスプレイも難しいという意見でした。当時カタログ販売が流行し始めていたので、カタログに小さく写真を載せてはどうかと提案しました。彼女は、これまで店頭販売していない商品をカタログに載せたことはないと難色を示しましたが、やってみようということになり、カタログに掲載したところ好調な滑り出しで、ほどなくカタログの1ページを丸々使うようになり店頭にも並ぶようになりました。この成功を受けてBed Bath & BeyondやLinen n’ Thingsといった他の店もこの商品を取り扱うようになりました。

そしてカーテンロッドはUmbraの屋台骨に成長し、私達の工場が90年代初頭に中国工場に移転する前の、トロント工場で最後に製造された商品になりました。それまでも中国やインドから幅広く輸入していましたが、それでも海外工場で技術指導して突っ張り棒の製造方法を伝えたり、あるいは合弁事業でコピー商品に対抗できない状況になってしまう危惧もありました。既にそれらの国で類似商品が出回っている事実もありましたが、それらは品質が良くありませんでした。

中国では丁度その頃WFOE(外資独資企業)が許可された所で、建物を借りるなり建てるなりすることは可能でしたが、従業員の雇用や訓練を考えると、中国工場設立を任せられる信頼できる人材が必要でした。

私は中国に飛びWFOEを登録し、コンドミニアムを6棟購入して(後に価値が10倍になったので良い買い物をしたと思っています)、一時的に自社の工場の一部を移転させ、幹部を送りました。

そして深セン郊外に設立されたUmbraのANBOは、今日では現地中国人マネージャーと従業員550人を抱える工場に成長しました。